さっと

秋田県南に住んでいる「風変わりな人」・・だそうです。

開かずの間

父がたおれて数年、他界してから、また十数年・・・
隣接家屋の雪下ろしの影響で(どちらほうめんのいえ・・とは、もうしませんが・・)、
サッシの窓ガラスが割れて、その窓をふさぐべく動き始めました。
でも内部は、片づけることができない「我が家の一番奥の開かずの間」・・
いろんな人と(直接・間接のいかんを問わず)お話をして、たずさわる姿を見て、ふと、入ってみました。
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中塗をしてあったりそのあとの砥ぎをしてあったり、もう一息・・・
最後の塗仕上げをすれば完成という「仕上げ寸前」のモノが、
この反対側=向かいの風呂(塗りに使うものでBathではありません)前に、
重箱入れや、おちょこ型の容器・・・とにかく、いろんなものがありました。
それらを見ていたら、いろいんなことがあっても泣けなかったのに、久しぶりに涙が出てきて・・・
そろそろ、片づけてあげなきゃいけないんじゃないのか・・と、思いたちました。
 
まともなハケ類や、新品のヘラなどは、とっくの昔に、兄がよそにさしあげています。
この棚にある半端な漆も、触ってみるまでもなく、すでに固まってしまっているはずです。
 
私は、素人が入門するときの参考書は持っていますが、
たぶん、これらを(いかすために)何とかすべく、
この作業の続きをすることは・・・無いでしょう。
 
最盛期にはお金に変わり得たものが、
全部ゴミになり、廃棄されることになりますが。
・・・無駄にして、ごめんなさい・・でも、
それらの細かいモノをいかす力は、私には無いのです。
 
よその人から見たら、捨ててしまうようなタダの木っ端に見えるものさえも、
漆絞りの時に使う道具にかえてしまうような、昔気質の職人でした。
いただきものの長手盆や角盆・丸盆、半端な茶托さえも、
我が家の道具の色に塗り替えて統一させて
お盆の接客に使える様にしたりしていました。
 
世の中は、人が去り、時間が流れると、想い出さえも、ただのゴミに変わります。
この部屋は、伝統工芸師の小さなパネルを廃棄するときに、一斉に片づけて
全部捨てるべきだったのだと、今では思います。
 
今回、窓ガラス部分のサッシを外して板をうったところを、トタンでクエていただきます。
一段と暗くなる開かずの間・・・
25年後に、私がいなくなったならこの家を・・などという前に
いい加減に・・・思い出として・後生大事にしていないで、
片づけないといけないですね。